それを打ったのはワ・タ・シ
得点の瞬間、観客席から歓喜の声。
苦労して苦労してもぎ取った一点ほど
歓喜のどよめきは大きいもんだよね~。
きびしい毎日を過ごしながら、
むくわれない
縁の下の力持ちとしてさえも認めてもらえない
自分のシュートが見えない。
打ったのかどうかさえ、分からない。
自分は戦力になっているのか?
自分はシュートしたこと、あったっけ?。
得点出来た? 阻止された?。
誰にも聞けないことが山ほどある。
頭の中がそれで一杯になって
時々、ゴミ箱を整理するけど、
捨てたはずのものが、いつのまにか
なぜだか箱に戻っていたり…。
誰もがスポーツ観戦に夢中。
一目瞭然だから。答えが明白だから。
観戦を続けながら、誰もがいつしか
知らず知らずのうちに、選手と自分とを
重ね合わせている。一体になっている。
誰もが、ゲーム観戦のあと「感動した」って云う。
感激、は激しく感じ入ること。
感動は、感じたから動き出すこと。
だからなのかも。
観戦した後、いっつも
みなぎる力を感じるのは。